住宅の寿命、人の寿命

 昨今、悲しい知らせが多く目につきます。

当たり前だった世界が大きく変わったことも一因だと感じています。

私の身の回りにも悲しい事がありました。

そして実感しました。
そんな中でも、人は眠り、食事をし、暮らしていくのだと。

そして、そんな暮らしを包み込むのは、人と家なのだと。

 最近まで日本の住宅は短命でした。

戦後、住宅不足で安価なもので早急に多くの住宅が必要で、

人口の増加、経済の成長も相まってすごい勢いで短命の住宅が増えていった為だと言われています。

反して、日本人の寿命は延びました。

長い人生、順風満帆の時ばかりではありません。

家族とうれしく楽しい時間もあれば、一人つらく悲しい時間もあるでしょう。

核家族化がすすみ、いずれ、多くの人は一人暮らしの時間を迎えます。

そんな中でも、人は建物の中で暮らしていきます。

その建物が、その人に寄り添うものであってほしい。そう、感じています。

 ソーシャルディスタンスが必要な、悲しい世の中です。

まさか、こんな世が訪れるとはだれも思っていませんでした。

そして、その影響は知らず知らずにジワジワと心に巣くってきている気がします。

リモートで会話できる世の中になりましたが、やはりリモートでは味気ない気がします。

効率のいい仕事の進め方に気づいたのと同時に、会えない寂しさにも気づかされました。

画面越しでは伝わらない、人と人の空気感がどうしたってあります。

 もうずいぶん前になりますが、不動産を営む方から言われたことがあります。

「あなたたちはいいよ、未来に向かって希望がある仕事だから」と。

その方いわく、不動産は困難に陥った方との仕事も多いのだと。

なるほど、おっしゃる通りなのかもしれません。

これから建物を建てようとしてらっしゃる方は、気力も体力も経済力あり

希望にあふれている時なのかもしれません。

でも、時は移ろいます。どんな人にも訪れるであろう人生の岐路が待っています。

始まりは終わりの始まりで、出会いは別れの始まりでもあります。

設計士は、そんな月日の移ろいも心に留めながら
これからの人生をも、包み込む、やさしい思慮深い温かい建物を

残していくことが大切だと感じています。

 

 

 

(2年前の改修工事。2階を解体してブルーシートをかけると青の世界が! ちょっと芸術を感じました)