家の記憶

 

 生まれてすぐの家は山の中と言ってもいいくらいのところだった。目の前には車が置けるくらいのスペースがあり、その先は小さい畑、その先には小川が流れていてその向こうは傾斜になった大きな畑。その畑には野菜や小豆などが栽培してあった。畑の上の方には田んぼがあってその奥はもう山だった。家の周りで一人で遊ぶのだけれど、山の付近はさすがに怖かった。

 

車庫は、父親が手作りしていた。車庫の奥には大きなサクランボの樹やすももの樹があって初夏に収穫していた。暖かい日は車庫の上に布団を広げて干した。

 

冬になると、普段はあまり出会うこともない動物たちの気配を身近に感じた。雪にたくさんの足跡を残していくからだ。父は銃を持っていて、ウサギやカモ、などを捕まえてきてさばいたりしていた。(父は普通の公務員でしたが)

 

家の周囲にはコンクリートなんて少しもなかった気がする。道路も砂利敷きだった。車もめったに通らないから、車が通ったらすかさず道路に走って行って排気ガスを思い切り吸い込んで喜んでいた記憶がある(笑)

 

山の家は窓も木製で、くるくる回して閉めるカギ付。少しすき間があるので、吹雪の日は隅に雪が入り込んでたまっていた。お風呂も木製で、湯を張りっぱなしにすると凍っていた。玄関は広かったので体じゅう雪だらけで帰ると、母が玄関でゆき落とし。ほうきでたたかれるのだが、これが冷えた素手に当たると痛かったことを思い出す。

 

 

 その後は、国道沿いの広いけど古い家に引っ越した。この家が築100年近くたつ家だった。日の全く入らない部屋が真ん中にあった。トイレやお風呂も暗かったし寒かった。冬の朝には玄関の靴が土間に凍り付いてはがれなくなった。なので、前の日にきちんと薪ストーブの前で温めなければいけない。でもよく忘れた。自業自得だった。お化け屋敷のような古い家だったけど真っ暗な部屋はいい遊び場だった。かくれんぼでは絶好の隠れ場所だったからだ。

 

 あんまりの古さだったからか、その後両親が奮起して建て直し新築住宅で暮らすことができた。小学生の中頃だった。その後、何度か引っ越した。九州越してきたときには運よく新築の官舎に入居することができ、その後現在の住まいを新築して現在にいたる。

 

 新築の家でもいろいろな思い出はある。でも心からなつかしいなぁ~と思えるのは、不便だったった古い家のものばかり。もうその空間がないからなのかもしれないが、「不便さ」の中には何物にも代えがたい「思い」があるものだ、と考えている。

 

 この年になると完了検査がつらい時がある。気密性がアップしたせいかもしれない。ホルムアルデヒドやVOCなどは規制されていても工業製品の建材ばかりの家で窓を閉め切っていたりすると、少しだけど息苦しく感じる。子供のころに排気ガスを吸いすぎたせいかもしれない(笑)

 

きっと、誰にも子供のころの家の記憶があると思う。今の子供たちにとっても、きっと大切な記憶になっていくことでしょう。